チャイナタウンの歴史-チャイナタウン&ノブヒル
サンフランシスコ
チャイナタウンの歴史


 カリフォルニアで金鉱が発見されると、数多くの人が広東から食糧不足やアヘン戦争を逃れてやってきた。中国人労働者は鉱夫や鉄道建設、ぶどう園造り、荒地の開拓などに従事した。
 1880年代になるとゴールドラッシュも過ぎ、仕事不足の時代となる。従順で働き者の中国人労働者は、当初非常に勧化されたが、それがこの時期には、逆に脅威と取られるようになった上、妬みや偏見などが加わり、蔑視と排除の対象となっていった。

 中国人の移住は完全に禁止され、1920年代には、チャイナタウンは地域ボス化した少数の一族と中国系ギャングによって牛耳られ、売春、麻薬、ギャンブルが横行した。

 しかし、1942年には新しい移民法により、反日抗争中の友好国、中国からの移住禁止が解除されるとともに、中国人移民は市民権を取得することができるようになった。

 1960年代にはチャイナタウンは観光のメッカとなり、観光収入がこの地域の経済を支えるようになった。

 1960年代後半になると、アメリカで生まれ育った中国人、ABC(American Born Chinese)と呼ばれる若い世代の努力もあり、かつてのようなギャングがらみの独占的支配や数々の社会問題も徐々に改善された。

 それからのチャイナタウンは、観光客向けのレストランやギフトショップが多く、観光地化して、すこし寂れた感じも受ける。

 人々は、移民かアメリカ生まれか、いつ移住したかなどにより、民俗、文化などが異なっている。しかし、同じ民族的背景をもった中国人とその子孫が、さまざまな問題を抱えながらも、チャイナタウンというコミュニティの中で生活している。

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